 熊本・自宅の庭で |
- 昭和32年(1957年)
- 熊本より上京後 通学のかたわら夜間音楽学院へ通う。
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 17才の頃、友達と茅ヶ崎で |
- 昭和36年(1961年)
- 第12回コロムビア全国歌謡コンクール 東京代表 全国大会第2位
コロムビアレコード研究生として以後4年間レッスン
- 昭和39年(1964年)
- 『涙を抱いた渡り鳥』(作詞 星野哲郎 作曲 市川昭介)でクラウンレコードよりデビュー
- 昭和40年(1965年)
- ゴールデンアロー賞新人賞受賞
NHK紅白歌合戦初出場(以後22回連続出場)
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 1965年、クラウンパレードにて
 ゴールデンアロー賞受賞式、木島則夫さんと
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- 昭和41年(1966年)
- 水前寺清子後援会発足
- 昭和42年(1967年)
- 『いっぽんどっこの唄』100万枚突破
- 昭和43年(1968年)
- 『いつでも君は』が第一回作詞大賞で大賞受賞
日活映画『艶歌」(五木寛之作)出演
その後4本の映画に出演
NHK紅白歌合戦初司会 以後司会4回
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 NTV「九ちゃん」で坂本九さんと |
- 昭和44年(1969年)
- 第41回選抜高校野球入場行進曲「三百六十五歩のマーチ」
日本レコード大賞 「三百六十五歩のマーチ」 大衆賞受賞
日本レコード大賞 「艶歌」 作詞大賞受賞
第2回作詞大賞 「三百六十五歩のマーチ」 大衆賞・歌唱賞受賞
「三百六十五歩のマーチ」100万枚突破
ハワイにて初の海外公演
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